荘子 渾沌。 渾沌 現代語訳

荘子

アインシュタイン博士が日本を訪れたのは、それから間もなくであった。 善人を忌み嫌い、悪人に媚びるという。 嘗試(こころみ)に之を鑿(うが)たん」と。 二千数百年も前に書かれたといわれる『老子』。 [ 現代語訳 ] 南海の帝を儵といい、北海の帝を忽といい、中央の帝を渾沌という。

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荘子 : 現代語訳

自然の根本になっている微少な素粒子とか、それに見合う小さなスケールの空間・時間を論じたものでないことは明らかである。 嘗試鑿之。 吾将 レ 二/ト曳 二 カント尾 ヲ於塗中 一 ニ。 老荘思想は、孔子や孟子のような儒家思想が説く「徳」や「仁」といった礼節を重んじる考え方とは全く異なり、「 絶対的な自由の境地こそ最上である」と考えます。 此(こ)れ独(ひと)り有ること無し。 「荘子」を書いた荘周さんは、人間の「知」というものにとても懐疑的な人でしたから。 自分自身をあれこれ吟味することをすっかりやめて,赤子のような素朴さにかえった。

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「荘子」の思想とは?名言と現代語訳も紹介!孔子への見方も解説

シュク、コツ、コントンの漢字変換ができなくてすみません。 荘子の有名な寓話の中に次のようなものがあります。 湯川さんは勉強会のグループ名にも「渾沌会」とするほど、この寓話を気に入ったようですな。 所以出入幽顕、日月彰於洗目、浮沈海水、神祇呈於滌身。 庖丁解牛 - 庖丁という男が刀一本で一頭の牛を見事に解体した故事。 荘周はそうした愚かさから身を引き離して、全てのものをあるがままに受け容れ、「道」と一体化する自在な境地の素晴らしさを説き続けたのです。 或るとき、北と南の帝王が渾沌の領土にきて一緒に会った。

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湯川秀樹と荘子 その2。

西山経 せいざんきょう 湯谷 とうこく 帝江 ていこう 山海経により四凶の内の一つ渾沌と混同されるようにもなった、歌と舞の神。 いずれ荘子や老子についても投稿したいと思います。 「道」からみれば万物は一体であり、人間世界の価値は全て相対的で優劣などない。 べつに昔の人の言ったことを、無理にこじつけて、今の物理学にあてはめて考える必要はない。 そして七日目に 混沌は死んでしまった。

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荘子『曳尾於塗中~』原文・書き下し文・現代語訳

それまでコントンさんはそういったものを持たない、外界のものから離れた(いろいろ誤解を生む言い方ですが)自分だけの世界を持っていたのではないでしょうか。 大惑なる者は終身解せず、大愚なの者は終身霊ならず。 ところが先日、偶然にもこの「こんとん」の元ネタに出遭ったことで「こんとん」が言わんとしていることが、自分なりに何となく解釈できたので紹介します。 他方で、それが荘子の意図であったかはもちろん議論の余地があるが、近年の思想研究の影響を受けつつ、また同時代の論理学派との関連に着目して、特権的な視点を設定しない内在的な相対主義こそが荘子の思想の眼目なのであり、世俗を相対化する絶対を置く思想傾向にも批判的であるという解釈もなされている。 嘗試みに之を鑿たん。 』 『なぜこの寓話を思い出したのか。 嘗試()みに之を鑿(うが)たん。

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荘子『曳尾於塗中~』原文・書き下し文・現代語訳

渾沌はこれを非常に手厚くもてなした。 南海の帝を儵(しゅく)と為し、北海の帝を忽(こつ)と為し、中央の帝を渾沌と為す。 リンクを埋め込む 以下のコードをコピーしてサイトに埋め込むことができます 荘子 「渾沌」 現代語訳 漢文塾はてなブックマーク - 荘子 「渾沌」 現代語訳 漢文塾 プレビュー 荘子 「渾沌」 現代語訳 漢文塾 訳: た 修一 <> 渾沌 之帝為儵、之帝為忽、之帝為渾沌。 儵も忽も素粒子みたいなものだと考えてみる。 しかし、それはそれで一種の徹底した合理主義的な考え方であり、独特の自然哲学として、今日でもなお珍重すべきものをふくんでいると思う。 そこでいうには、人間はみな七つの穴をもっている。

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